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モノガミーっぽいわたしたち

以前とあるところで、モノガミー(一夫一婦制)の話題になったときに、



「だってみんな一生同じ人を好きでいるなんてムリだって気づいているでしょう」と、しっかりはっきりおっしゃる方がいました。



だれかが反論するわけでもなく、その場がシーンとしたのを覚えています。

そのときのことを、ときどき思い出します。


たしかに、生物としての私たちは、近代社会によって作られたモノガミーというシステムに適した遺伝子をあいにく、もちあわせてはいないようです。


ひとりの人よりは、たくさんの人との生殖の機会をもち、繁殖した方が、自分の遺伝子が後世に残る可能性はぐっと高まりますからね。


野生の本性にさからって、がんばってモノガミーであろうとしているわたしたちは、

ほんとうは、モノガミーっぽくふるまっているだけなのかもね、と考えると、


ふたりの関係が、いつどうなるかわからない、あやうくゆれうごく流動的なものに思えてきます。

そんな風に有名人のスキャンダルを見ると、

オオー!さからいきれなかった野生味がモリモリあふれでたんですねーという、はるか遠いむかしの人類に思いを馳せるような郷愁のような気持ちがでてきます。ひとごとだからでしょうね。



倫理や宗教、世間の目や、法の力でさえも、よそ見したい欲求を押さえこむことのむずかしさがここにはあります。


結婚して10年、20年、30年…という長い間にはいろいろなことが起きてきます。


おたがいそれぞれに出会いもあり、パートナー以外にも、ステキな人、好きな人、あーしてみたいこーしてみたいという人にも出会うということは、充分にありえます。

それは男性だけのおたのしみではありません。


結婚をする、しない、結婚はしないけれど、子どもを産む、事実婚などなど、色々な選択肢の実践者を見渡せるいま、


結婚して、ひとりの人と一緒に暮らして、子どもを産み育て、その後も一緒に長い間すごすということが、自然なこと。などと安易に考えない方がいいんじゃないかと思っています。


モノガミーという、生物としての性質とは相容れないかもしれないこのスタイルを選択するのか、

それとももっとちがう形態にするのか、

ふたりでどんな結婚という関係の器を形作っていきたいのか、

そして途中、途中でその形をどのように修繕、継ぎ足し、塗り直しをしていくのか、


どんな器でも、それを選んだからには、おたがいの人生が満たされるためには、どうすればいいのか、

責任をもって相手と深く関わるということを選ぶという意識が、ますます必要になってくると、セッションを通じて、感じています。


なんとなーくなるようになるさは、恋愛ドラッグが効いている数年だけです。


その後、恋が消滅したまま、同じ家に一緒に暮らしているだけのつまらない関係にならずに、


恋から愛に変質させて深い絆と信頼関係を築いていくためにはどうすればいいのかということを、一緒に考えたいという方がた、


関係の水やりを怠らない、そういう意識的な関係をつくっていきたい方がた、


セッションやワークショップが何か役に立つかもしれません。どうぞお越しください!



***

今日のスパイス料理

Banana cake with chai spice mix


娘がつくるというヴィーガンバナナケーキにムリを言って、カルダモン、シナモン、クローブ、ジンジャーを混ぜ込んでもらった。ラクした。


spice+arts やましたのぶこ


 
 
 

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